学生読書日誌

主に読書感想文をかきます

三島由紀夫『不道徳教育講座』を読みました

 お久しぶりです。

 就活やらなんやらで週一投稿が厳しくなってきましたが、ES入力フォームに中指立てながら、だらだらと続けていく腹づもりです。Webライターインターンとかもらえないかな?

 それにしても最近、アウトサイダー人間に傾いている気がします。書評ブログなんて始めちゃったからでしょうか?小説家の文章の深みには恐れ入りますね。自分のようなハンパ者はいとも簡単に溺れてしまいそうです。

 というわけで、今回は文豪・三島由紀夫の風刺エッセイ集『不道徳教育講座』の紹介記事で行きたいと思います。

 

 この本で著者は、一般的な道徳良識を滑稽に皮肉り、彼の人間観でもって「知らない男とでも酒場に行くべし」「女から金を搾取すべし」「沢山の悪徳を持て」「罪は人に擦り付けるべし」などなど超インモラルな道徳論を展開します。インモラルな道徳論って清純派AV女優みたいでアレですね。

 ともあれ、著者自身の豊富な知識、観察力に裏打ちされたパワフルな文章でもって繰り出される“不道徳”は、ウィットに富んでいて楽しく読み進めることができます。

 また、こういうタイプの文章は冗談だとわかって読むからこそ、逆説的に作者の主張を読み取れる構成になっているわけですが、たまに「三島由紀夫は本気でこう考えていたのでは?」と思ってしまうような項が紛れ込んでいるのも面白い。読者にそう思わせてしまうほどの文章の説得力も、さすが文豪だなという感じです。

 今回は、2つほど印象に残った項を挙げて紹介してこうと思います。

1.いわゆる「よろめき」について

 「よろめき」、つまり浮気について述べた項です。最初に三宅艷子という人の、「女は大げさな肉体関係によらずとも、浮気を結構楽しめるものだ。夫の居ぬ間にお手伝いの男と笑い合うのだって、それは夫婦の関係を何ら害さないが、確かに精神的浮気なのだ」という趣旨の文を引っ張ってきた後、男と女の“浮気観”について著者の考えを語ります。

 著者曰く、男と女の最大の性差は、肉体と精神を分離して考えるか否か、という点です。男はこの二者を区別して意識するが女はそうではない。この差によって、女性の浮気は男の浮気よりも複雑になる。お手伝いの男と談笑するのも、会社の同僚と不倫して行くとこまで行ってしまうのも、つまりは程度問題であり、本質的には変わらない、といいます。よって、男の「体だけの関係だったんだ」という弁解は女性には通用しない、と著者は述べます笑

 この項は風刺というより評論って感じですが、いつの時代も浮気はネタになるんだなと面白みを感じると同時に、この論が正しいかどうかは別として(笑)、著者の文章力に舌を巻きます。

2.死後に悪口を言うべし

 こちらは見出しからインモラルですね笑

 著者はここでは、日米の政治家などを例に挙げ、生きているうちにさんざん罵倒された人間が、いざ亡くなれば周囲に褒め称えられるという現象について疑問を呈します。

 そして、そのような周囲の人間たちの心理を

「相手が元気なら、個人的な嫉妬や怨恨でも正当な怒りに聞こえるが、相手がくたばってしまうと正当な怒りでもみみっちいものに聞こえてしまい、そんなことで評判を下げるのもアホらしいから褒めておくほうが無難である」

「我々は結局死者のことをさっさと忘れたいのであり、それがにくまれていた人間なら尚更だ。そのためには褒めちぎるに限る」

というふうに考えているのだと断じてしまいます。

 著者は、この心理に対して、死者への悪口は死者の思い出をいつまでも周囲が温めておけるという点で、むしろ人間的であるといいます笑

 言動の一貫性を保つために死者に悪口を言え、というのではなく、悪口を言うことでその人を忘れないことが道徳的だから悪口を言え、と言ってのける発想の転換はすごいですね。

 

 久々で疲れたのでこのへんで終わりにします。

 今回挙げた2個は、わりとそのまま三島由紀夫の思想だったのではないかな?とぼくは思います。文学史には疎いので確証は持てませんが。そろそろ古典も読むべきでしょうかね。