学生読書日誌

ハッピーヘブンのふきだまり

主に読書感想文をかきます

森絵都プラトン野矢茂樹

ここ1週間でだいたい3冊の本を読んだ。
1冊読み終わったら次の1冊という感じではなくて、仕事の休憩中/寝る前/休日にまとめてとシチュエーションを分けて、パラレルに読み進めていった。
小説、新書、古典訳とジャンルが分かれていたのが奏功してか、当初の予想よりはスムーズにやれたと思う。

総論把握のムズさ

1冊目は、プラトンの『メノン 徳について』の光文社古典新訳版。

俗にいうプラトン対話篇のうちの1つで、アテネを訪れた野心家の青年メノンが「徳(人間としての卓越性のようなもの)は教えられるか」とソクラテスに尋ねるところから物語が始まる。
この間読んだ『功利主義入門』のブックガイドに載っていてKindleのサブスクで無料だったので、そろそろ倫理・哲学書の原典を読んでみてもいいだろうと手に取ったのだが……。

……正直、これを寝る前に読むための1冊に選んでよかった。
要するにムズかった。

解説文も、当時の情勢、メノン/ソクラテスの思想背景、プラトンの思想背景と意図を網羅的に解説してくれてはいるのだが、それらについての話題転換が多くて、本文の流れと解説文の流れの対象を把握するのがしんどかった。
総じて、論理を辿る力と興味関心の点で、訳者の想定レベルに自分が到達していなかったかもしれない。

以下のような教訓的描写を通して、これがオリジナルの無知の知か~といった感慨が得られたのは良かった。

  • 近似的にしか物事を知ることができないという意味ではあらゆる人間は無知であるが、それでも探求には大きな意義がある。つまり、無知にもレベルがある。
  • 「Xとはなにか」という問いに答えるには、その抽象的で一般的な性質を、Xという言葉を使わずに説明しなければならない。

その意味で原典の気持ちよさ、満足感みたいなものはあったので、次はもう少しライトな古典に挑戦したい。


2冊目。野矢茂樹の『入門!論理学』。

入門!論理学 (中公新書)

入門!論理学 (中公新書)

日常的につかわれる言葉をベースにして、論理学とは何であるか、命題論理(「ではない」「かつ」「または」「ならば」から成る)や述語論理(命題論理プラス「すべて」「存在する」から成る)とはどのような論理体系なのかを解説する入門的な新書である。

なんでこれを購入したのかはあまりよく覚えていない。
たぶん、プログラマだし論理に強くなれた方がいいっしょ、くらいの軽いノリだったと思う。
しかし、期待以上の面白さだった。
よかったのが、「記号論理学と呼ばれる分野の要旨を、記号を使わずに平文で記述してやろう」という著者の試み。
まさしく自分のような門外漢に最適だ。
文体もカジュアルかつユーモラスで、素晴らしく読みやすかった。

内容面でも、入門というタイトルに違わず以下のような切り口から本文が展開するため、具体的な論理体系の説明をシームレスに理解することができて快適だった。

  • 日常で言われる「論理的」という言葉と、論理学が取り扱う「論理」との違い
  • そもそも演繹とはどのような営みを指すのか
  • 論理学で重要視される言葉は何か、どのようなアプローチでそれらの論理学上の意味を規定するのか

とはいえ、条件法(「ならば」)、全称と存在(「すべて」と「存在する」)、意味論と公理系、完全性と健全性の検証など、一回通読しただけでは難しいところも少なくはなかった。
本書ほど親切に説明してくれていても尚難しい、と考えると少し身震いがする。
だがまあ、それこそソクラテスマインドで、ちょっとずつでも親しんでいければと思う。


変幻自在な自己受容

3冊目。森絵都の『気分上々』。

気分上々 (角川文庫)

気分上々 (角川文庫)

老若男女さまざまな人々の日常を描いた短編集。
こうして簡素に紹介してしまうとだいぶ味気無さが際立つが、個人的には著者の作品の中でも指折りで好きだった。
『風に舞い上がるビニールシート』『出会いなおし』と続けて読んできて思ったが、森絵都の文章の良さがより濃く出るのは短編集かもしれない。

本作の各短編は、『東の果つるところ』(生まれてくる子どもへの置手紙という体裁)を除いてすべて一人称で書かれている。
前述したとおり、本作の主人公の人物像は性別年代から性格まで様々なのだが、どの文体にも全く違和感がなく、心情の流れを読み取るのも非常に快適だった。
これは地味にすごいことな気がする。
文章が人間の頭の中から湧き出るものである以上、作家固有の癖は多かれ少なかれ反映されるはずだが、この人の文章はその点、良い意味で透明だ。
自分の色眼鏡で屈折しているだけで、案外色味があるのかもしれないが、淡色なのは確かじゃなかろうかと思う。

語り口のカメレオンっぷりと合わせて好きだったのが、「呪縛や囚われをポジティブに受け容れる」という通底したテーマが、時に明瞭に、時にほのめかして描写されるところだ。
こう表現すると自己啓発っぽく読み取れてしまいそうでめちゃくちゃ嫌なんだが、読んでいてその類の悪臭を感じることは無いので安心してほしい。
読者に思想を伝えるというより、むしろ、平凡な登場人物たちの葛藤が解像度高く描かれていることで、作者の抱く人間への祈り・親心・老婆心のようなものを、読者が自然と感じられる、という構造になっている。
そのあたりの距離感の妙もとても巧みだ。

これを、前述の語り口の多彩さと合わせて考えると、多様な人の内心に寄り添った描写ができるという意味で、「この人根が優しいんだろうな」だなんて勝手に思ってしまう。
強いて作家性を言語化するなら、善性という言葉になるのかも(笑)

だいぶ抽象的な褒めちぎりになってしまった。
個人的には9つの短編のうち、下の3つが好きだった。

  • 『彼女の彼の特別な日 彼の彼女の特別な日』(元カレの結婚式の夜に泥酔するOLの話)
  • 『17レボリューション』(失恋を機に"自分革命"のために親友と絶交を試みる女子高生の話)
  • 『気分上々』(父親の遺言を気にしてしまう男子中学生の話)

どれも、話の行く先を楽しみに読み進められ、どことなくコミカルながらも著者の優しさを嫌味なく感じられる。
もちろん他もどれも面白い。手放しでお勧めできる小説だった。

精神鏡

自分はマルチタスクができない人間なので、本を同時並行で読むというのも出来ないものだと食わず嫌いしていた。
しかしこうしてやってみると、どんなタイプの本に集中できるのか、つまりどんな感情/知識をその時の自分が欲しているのかが、自覚している以上に顕著に表れて面白い。プラトンには申し訳ないが(笑)

人の本棚を見てみたい、というのは特定のタイプの人間には共通の興味だと思う。
それを踏まえて、自分の読んできた本とそれらへの感想が、時系列で手軽に一覧化できたらテンション上がるな、と、今回数冊を同時に読んでより強く思った。

まあ、本棚で人格の一部でも分かった気になるのはだいぶ軽率だとは思うが、分かろうとしている姿勢については悪くないんじゃなかろうか。
……単に予防線を張っただけなんだが、この結びはなんかソクラテスっぽくてウケる。案外印象深かったのか?