書評『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか』山口周
「優れた意思決定」の多くが、直感や感性によって主導されていたという事実によって私が伝えようとしているのは、決して「論理や理性をないがしろにしていい」ということではなく、「論理や理性を最大限に用いても、はっきりしない問題については、意思決定のモードを使い分ける必要がある」ということです。(本文より)
リーマンの端くれとして会社での生き方を考えるようになってから、山口周氏の著作に非常に考えさせられるところが多かったので、リハビリがてらに感想を書きたい。
著者の山口周氏は、慶應で哲学・美術史を専攻した後、電通、BCGを経てヘイコンサルティンググループに勤務しており、主に組織コンサルに携わっている、らしい。リベラルアーツの含蓄を持ったイケイケのコンサルタントといった感じか。
では、早速内容の要約に入ろう。
主題:なぜ「経営とアート」なのか?
序章、著者が言うには、近年グローバル企業では経営人材に対して「アート」の知見を養わせようとしているトレンドがあるという。
なぜ、経営とアートなのか?
多くの就活経験者なら、民間企業は「1にコミュ力、2にロジカル、3,4が無くて、5に経歴」といった要素で人材を選別するのが当たり前だと納得しているだろう。ここに「弾ける曲」「描ける絵」だなんて選別基準は現れない。
そして、人材選別基準が上の通りであるなら、経営に求められる意思決定の性質も、当然同じように客観性・論理的整合性を追求したものになるはずである。それこそ論理的に考えて、「アート」の素養は経営とは畑違いなのではないだろうか?
この違和感に対して著者は、以下の三つの要因から、もはやロジカル偏重の企業活動は限界を迎えており、その企業なりの「正しい、良い、美しい」といった行動規範、つまり内在化された「美意識」が求められていると主張する。それこそが、世界のエリートが”審美眼”を鍛える理由だというのである。
1.論理的・理性的な情報処理スキルの限界
2.世界中の市場が「自己実現的消費」に向かいつつあること
3.環境変化にルールの制定が追いつかない状況
それぞれについて補足していこう。
1→ロジカルシンキングの限界
・複雑・予測不可能な情勢の中で、論理的に正しい意思決定に執着しても「情報が足りずに決められない」という停滞に陥りやすい。
・現在の市場では、ロジカルに「正解」を出せる人材はもはやありふれているため、それのみに頼った意思決定では企業としての差別化ができなくなった。
2→消費者の動機の変化
・世界がある程度豊かになり、あらゆるサービスや製品にファッション的側面が求められつつある。
3→市場とルールの時間的ギャップ
・いわゆるコンプラの問題。技術などの発展に法律が追いつかない時代だが、明文化されたルールがない市場であればこそ、内部の倫理で営業活動を規律することが必要になる。なぜなら、グレーゾーンを追求して倫理を踏み外すことは、短期的には儲かっても長期的には損(ex.DeNAのWELQなど)。
感想・考察
こうした視点から、ビジネスマンが美意識を養う必要性を論じるのが本作である。具体的なトレーニングの方法はわりかし一般的なので省いてもいいだろう。(哲学・文学を用いてそれが内在する批判的&相対的視点や思考プロセスを養う、絵画を用いて素直かつ鋭敏な観察眼を養う、など。)
個人的には、この論理偏重への警鐘を鳴らしている部分は非常に納得感や新鮮味があったのだけど、「じゃあその美意識をどう養うの?」という終章のフェーズが、期待感が高かった分少し残念だった気がする。
特に、終章序盤に「アートがサイエンスを育む」と銘打たれた節で、科学的業績の良さと芸術的素養の高さの相関関係を主旨の補論として引っ張ってきたとこがある。
しかし、この補強は少々安易すぎる気がする。いわゆる文化資本という概念で、芸術的素養を養えるような裕福な家庭環境がその人物の成功を助けただけなのでは?というツッコミが当然入ってくるからだ。(ヴァイオリンを弾くことが許されているスラム街の少年はいるのだろうか?と考えてみて欲しい。)
著者自身、この関係がどういうメカニズムかは不明だと留保してはいるけれど、ここの片手落ち感でそれまでの納得感、ワクワク感の勢いが少し削がれた気がする。
また、方法論そのものの部分についても、それ以前の章で出てくるような「良い意思決定」の典型例と、その方法が本当につながるのか?というところで少し疑いが残ってしまった。まあ、アートや美意識という概念の性質自体が属人的なものだから、そこの妥当感はある種仕方ないかもしれない。
とはいえ、要旨についての納得感は非常に高かったし、「個人の中に倫理的・美的な行動規範を持て」というメッセージは、自分の最近の関心に対して背中を押してくれる主張でもあり、素直に読んで面白かった本だった。
とても読みやすくて含蓄深いので、組織論やリーダーシップについて関心がある方におすすめです。