臆病で尊大な読書日誌

読書感想文 時々アマチュア哲学

アメスピメンソール9mm

新宿のコメダ珈琲で説明会までの時間を潰していたら、煙草の話をしたくなった。嫌煙家の方は画面を閉じよう。

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ぼくは比較的ヘビースモーカーで、しかも煙草をころころ変えるタイプの人間だ。雑食といった方が適切かもしれない。

「ピースとハイライト」はどっちも好きだし、キャスターもセッターもマルボロダンヒルも吸う。なんならキセルも持っているし、葉巻(安いアジア製だが)も嫌いじゃない。水煙草の妙ちきりんなフォルムも可愛らしい。ダサいと罵られがちだが電子煙草も悪くないと思う。

銘柄の浮気傾向は、そのまま異性への浮気傾向だなんて俗説もあるらしい。

なにもそんなところにまで一貫性を求めないで良いだろうとは思うが、もし酒好きを自称する人間が「ビールとウィスキーと焼酎と日本酒とワインを嗜みます。あ、でもカルーアミルクも悪くないと思いますよ」などと抜かしたら、確かに節操無しのアル中というレッテルを免れないだろう。間違っても、バーに座ったスタイリッシュな男をイメージするのは困難だ。いわんや異性関係をや。

おそらく煙草もそうで、嗜好と中毒の境界線は一途さの上に引かれているのではないだろうか。

格好良さにはこだわりがつきものだ。映画『SCOOP』での福山雅治はコイーバを愛飲し、路上喫煙、ポイ捨て、と嫌煙家発狂待った無しの振る舞いを見せるが、投げ捨てたマナーを補って余りある艶やかさを漂わせている。(本人のイケメンさだろとか言わないでほしい)

ぼくが真似して同じ銘柄を買ったら酷くむせた。

閑話休題

友人から、煙草が主食、ヤニカス、悪食、ニコ中などなど愛すべき称号をいただいているぼくだが、マジで全くこだわりがないワケではなく、特に愛着のある銘柄がいくつかある。

その1つがアメリカンスピリットの9mmメンソールで、初めて常喫し始めた煙草だ。鬱屈を晴らしたかったクセに下戸で酒に溺れることも出来なかった2年前の自分にとって、コンビニレジの長方形はとても魅力的に映った。

そして、アメスピの"ホンモノ感"と、メンソールのお手軽感のハイブリッドは、ぼくの背伸びした自尊心と臆病を巧みにくすぐってくれた。

様々浮気をしながらたまにこれを吸って、鼻に抜ける清涼感と混じり気のない草の香りを感じる時、極小の社会で折り合いがつけられずにウダウダ物思いに耽っていた夜を思い出すのである。

煙草に限らず、文庫本、チューハイ缶、腕時計、スマホのアプリなど、すでに生活に浸透しきったモノに一時距離をとって思いを馳せてみると、ちょっとの郷愁と安らぎを感じることがある。

ぼくの場合、不思議なことに写真などの"いかにも"な思い出の品よりも、不意にやってくるこのような回顧に心を揺らされるのだ。

このわけのわからない世知辛い社会において、それらはテストの日の昼休みのように頼りない安らぎかもしれないが、確かに自分を支えてくれることがあるかもしれない。