学生読書日誌

主に読書感想文をかきます

映画『沈黙ーサイレンスー』のネタバレ感想

皆さまいかがお過ごしでしょうか。

今日はテストからの現実逃避を重ねて、原作:遠藤周作、監督:マーティン・スコセッシの『沈黙ーサイレンスー』を観に行ってきました。

中々いい映画だったので感想書こうと思います。

時間もあまり無い時期なので、サクサク書いてきましょう。時間あっても多分今回は勉強しないけど。

さて、この映画は、1640年代、禁教令が施行され宗教弾圧が行われていた頃の長崎を舞台に、信仰と救いを巡って葛藤する、イエズス会神父ロドリゴを主人公とした歴史物語です。

<ストーリー>

ロドリゴとその同僚ガルペが、恩師フェレイラ神父が日本に渡った後棄教してしまった、という噂を伝えられるところから物語が始まります。そして、その真偽を確かめるため、神父2人はマカオの日本人キチジローを案内人として密入国を決行します。

隠れキリシタンの村で2人は布教に励みますが、ある日、奉行である筑後守井上の調査の手が回り、ロドリゴ達を匿うために、キチジロー含む4人の村人が人質に取られてしまいます。

それまでの日々で村人達の信仰の厚さに感銘を受けていたロドリゴは、「踏み絵より命を優先して構わない。あなた方の主への愛は本物だ(意訳)」と彼らを勇気づけます。その言葉に救われた村人の1人は、あなたにこそこれを持っていてほしいと、自ら作って拝んでいた小さな木彫りの十字架を託し、人質として出頭するのでした。

しかしキチジロー以外は、踏み絵をこなしたものの、ダメ押しに課されたロザリオへの唾吐きをどうしても出来ず、拷問にかけられて殺されてしまいます。

その後、役人の山狩りが本格化するとの情報を手に入れ、ロドリゴとガルペは二手に分かれて身を隠すことを選択します。

ロドリゴは、以前訪れた五島に向かい身を隠しますが、疲労と空腹で心身は限界。さらに、道中で合流したキチジローに裏切られ、ついに彼は捕らえられ投獄されてしまいます。

井上や、その部下の通辞(通訳?)はロドリゴに強く棄教を迫ります。

獄中の彼に対する井上の策は多岐にわたり、

・踏み絵を拒否した農民を眼前で斬首する

・別箇所で捕らえられたガルペに、「ロドリゴは既に棄教した」との嘘を伝えられ、また、海に落とされ処刑される信者達を救おうとして共に溺れ死ぬガルペの姿を見せつけられる

・本当に棄教し、日本人として暮らしていたフェレイラを通して、日本での布教の不可能さを説かれる

などなど……

また獄中生活で、キチジローが執拗にロドリゴに許しを求めに現れ、複雑な思いを抱きながらも彼の懺悔を聞いてやります。

こうした様々な試練を受けて、「なぜ神はこれほど切実な祈りに対しても沈黙するのか?」との懐疑を抱かざるを得ないロドリゴ

聖書の裏切り者ユダのごときキチジローの振る舞いもあり、ロドリゴは自分をキリストと重ね、なんとか信仰を保とうとします。

しかしある夜、井上の策によって棄教を宣言した農民たちまでもが逆さ吊りにかけられ、彼らはロドリゴの棄教によってしか助けてやれないとの言葉を下します。

異国の神父を精神的支柱として信仰を保ってきた農民の命は、その神父の棄教によってしか救われない。

善良で信仰心厚いロドリゴは、自らの信仰やこれまでの村での生活と、眼前の信者たちの命の救済とのジレンマに苦しみ、ついに踏み絵を敢行します。

その後はフェレイラのように、日本人名を名乗り、日本人の妻と子を持ち、キリスト教の弾圧政策に協力(もちろん消極的でしょうが)しながら生活し、死後も仏教式の火葬によって弔われていきます。

しかしラストシーン、棺の中に納められ燃えていくロドリゴの遺体の手の中には、かつて村人に託された木彫りの十字架があったのでした……

<感想>

ストーリーを要約すると死ぬほど長くなってしまいました。誤算です。

ここで手短にいって帳尻を合わせましょう。

気に入ったディテールを挙げていくと文量やばいので、厳選2つで。

1."沈黙"の演出

この映画、タイトルを活かした演出として、完全に無音になるシーンが3つ存在します。

映画冒頭、環境音と共にプロダクションロゴが流れていき、題字("Silence")が出る瞬間に合わせて一気に静寂が訪れます。

ここで、黒字に白文字の題字の迫力と、無音の映画館の奥行きのようなものに圧倒され、上映1分と経たないうちに映画に引き込まれました。

また、クライマックスのロドリゴが葛藤の末踏み絵をするシーンでも、この演出が使われます。

音がなくなり、極限状態のロドリゴが踏み絵に描かれたキリストから「私は沈黙に甘んじていたのではなく、あなたと同じ苦しみに打ち震えていたのだ。さぁ、踏むが良い」との言葉を聴き出し、足をかけた瞬間に時の流れが遅くなる。

無音&スローモーションってわりとポピュラーだとは思うんですが、それまでの迫真の描写からのこの演出には、思わずため息をついて、画面に目が釘付けになってしまいました。

3つ目はラストシーンのスタッフロール後なので割愛。

2.キチジローの葛藤

上述あらすじでは、ただの厚かましい裏切り者にしか見えない(笑)キチジローですが、彼は結局棄教した後のロドリゴの下にも、召使いとして付き従います。そこでも、もはや神父でなくなったロドリゴに対して告解の機会を求めるのです。

また、彼はマカオに流れ着く以前、家族が踏み絵に失敗し火あぶりにされることが決まった後、踏み絵を課されますが殉教する覚悟が持てず、公衆の面前で神を否定しています。

棄教宣言と懺悔を繰り返しながら、信仰に殉じ死ぬことも出来ず、かといって根本の信仰心や、良心の呵責、罪悪感を完全に捨て去ることも出来ない。そんなどうしようもなく小市民的で、人間臭いキチジローの姿に心が揺さぶられてしまいました。

特に気に入ったセリフがうろ覚えですがこれですね。

「俺は家族たちと違って弱くてどうしようもない人間だ。殉教出来るような強い人間にはなれなかった。こんなどうしようもない世界で、弱い人間の居場所はどこにあるのでしょうか」

自分の命が何より大切ながら、帰依したキリストの教えを捨て去ってしまえば、生きる指針を失ってしまうが故に捨てられない。そんななんとも言い難い弱者の葛藤が見ていて辛かったです。

しかし、パンフを見たところキチジロー役の窪塚洋介さんが、インタビューで「彼は本当に弱い人間だったのだろうか。自ずと生じる信仰心を信じ続けるのは、己の心を信じるという心の強さの表れと言えるのではないか」と話しており、そーゆー見方もあるのかと膝を打ちました。

さて、短くまとめきれませんでしたね。まあしゃーない。

いかがだったでしょうか。余談ですが、この映画で人生初パンフを買いました。優良学生の皆さんはテスト後是非見に行ってみて下さい。

僕は不良なのでテストをブッチし、そのまま明後日のテスト勉強をほっぽって行ってきました。

全部棄権が現実的になってきましたが、まあ8回のうち1回くらいお休みしてもいいでしょう。就活は死ね。

ではまた。