臆病で尊大な読書日誌

読書感想文 時々アマチュア哲学

面接の前に『この世界の片隅に』を観てきた

今日面接の前にピカデリーで観てきた『この世界の片隅に』の感想でもかるーく語ろうかと思います。

ネタバレです。


個人的に、太平洋戦争を題材にした作品って過度に自虐史観に寄って描かれてるか、ミリオタ的視点で茶化されて描かれてるかのイメージで、いずれにせよあんまり食指が動かないのですが、Twitterの評判に惹かれてふらっと観に行くことにしました。

5時に着いて15時から面接。時間は有り余ってました。地方就活生の辛さ。


そんな感じでまあつまんなくはねーやろ程度の気持ちで観たわけですが、期待を上回ってくれました。

あらすじを端的に言ってしまえば、主人公すず(CV能年玲奈)の、戦時中の広島での生活を描いたアニメです。

なんだかんだイデオロギー的なメッセージが有るんやろなと思いつつ観ていましたが、逆にゾッとするほどに淡々と戦争を描いています。まるで台風や大雪なんかのようです。

姑と打ち解けるのに試行錯誤し、さながら地方民が東京に行くノリで闇市へ繰り出し、微量の配給を主婦の知恵でやりくりしと、呉の家に嫁いだすずの日常が繰り返され、あぁこの時代の一般庶民ってホントにこんな感じだったのかなぁと思わせてくれるようなリアリティがありました。

私はこの辺のシーンを、星野源の『恋』の、「意味なんか無いさ 暮らしがあるだけ」というフレーズを思い出しながら観ていました。余談ですがこれは本当にいい曲ですよね。星野源といえばサブカルクソ女みたいなちょっとしたマイナスイメージが有ったんですが、これ聞いて彼の死生観みたいなものがくっきりと浮かび上がってきて、純粋にすげぇなと思いました。


そんな命の強さみたいなものを感じさせながら何とか日々を営むすず達ですが、やはり舞台は戦時中であり、兄や姪など身近な人間の死が唐突に突きつけられます。ニュースで見ていた自然災害に自分たちも巻き込まれていくような、じわじわと非日常が日常に侵食してくるような嫌な感じが湧いてきます。

そんな中でもすず達は、何とか折り合いをつけながら日常を維持しようとするのですが、その姿はとても健気で、日々の営みの尊さみたいなものが感じられました。

この辺で一番好きだったセリフが、「使えるものは何だって使って生きてやるのが私らの戦いだ」というすずの言葉で、彼女の"どこまでも普通であり続ける"強さを象徴したような言葉だと思います。


そして、まさしく嵐が過ぎ去るかのように、自分たちの手の届かないところで戦争は不意に終結します。

侵食してくる非日常と戦い続ける毎日に、突然日常を投げ返されました。多くを失った実感や肩透かしを食らったようなやりきれない気持ちをないまぜにして、すずは映画中初めて慟哭します。戦争という理不尽な暴力に嘲笑されたような、そんな悔しさみたいなものが凄く迫ってきて、観てて一番辛かったです。


戦争が終わり、占領が始まってからは、残った人々の復興に向けての営みが描かれます。

人々に消えない爪痕を残した戦争ですが、それでも生活は続いていきます。全部引きずって、それでも生きていく姿にはどこか美しさすら覚えました。


とまあ以上ざっくり筋を追いながらの感想です。

私はここ数ヶ月自分の生き方、生きる意味みたいなことを考えざるを得ない状況におりまして、そんなタイミングで、この、"ただ生活を営むこと"の鮮烈さで殴りかかってくるような映画を観れたのは良かったと思います。

最近思うのですが、強烈な理不尽や挫折、歪みみたいなものを抱えながら、それでも生活していこう、前に進もうとする人たちのあがきって本当に魅力的だと思います。上で星野源の話をしましたが、あの歌詞は多分彼が闘病経験を抱えてないと書けないと思います。

思ったより長くなりましたがこの辺で終わります。

私も足を止めずに、日々を強く生き抜いていこうと思います。


ちなみに面接はフツーにコミュ障発揮したんで落ちそうです。おわり。