学生読書日誌

ハッピーヘブンのふきだまり

主に読書感想文をかきます

世界でもバカ売れ、中華SFの金字塔『三体』を読んだ

三体

 

「われわれは、平面上にある円の中に、上から簡単に入ることができます。しかし、平面上にいる二次元生物が閉じた円の中に入ろうと思えば、円を壊すしかありません」

 

今回は、中国国内で2100万部売り上げオバマ前大統領やザッカーバーグもハマったという、現代のモンスターSF『三体』の感想をネタバレ抜きで書きたいと思います。

相当なボリュームだったんですが、SFにありがちな冗長さは全くなく、楽しく読み切ることができました。

以下、早川書房から引用のあらすじです。

尊敬する物理学者の父・哲泰を文化大革命で亡くし、人類に絶望した中国人エリート女性科学者・葉文潔。彼女が宇宙に向けて秘密裏に発信した電波は惑星〈三体〉の異星人に届き、驚くべき結果をもたらす。

 

この作品で個人的に一番すごいなと思ったのは、「こういう経験を経てきたこの人にしかこれは書けないだろうな」という強い作家性です。印象に残った一節を紹介します。

お義父さんはこのことを回想してから、わたしにこう嘆いた。

中国では、どんなにすばらしい超越的な思想もぽとりと地に落ちてしまう。現実という重力場が強すぎるんだ、と。

あらすじでも紹介されている通り、『三体』の根幹となる異星人とのコンタクトの引き金を引くのは「現実という重力場」に押しつぶされてしまった女性科学者なのですが、彼女がその決断に至るまでの文化大革命での経験の生々しさは、ほかのどの国の人間でもなく、中国人にしか書けないでしょう。

本書では、彼女の動機を形成することになる様々な事件が折々に描かれるのですが、そこから生まれる人間集団への諦めは、葉文潔のものというよりむしろ著者本人のものなのではないかと邪推してしまうほどです。全体的に淡々として読みやすい文体も、この点においてはドライさを醸し出すのに一役買っている気がします。

(中国では本書の歴史的大ヒットを皮切りに、著者が国家的にも文化的にもSFバブルの旗頭のように扱われているらしいですが、葉文潔を通してうかがう著者の目線を勝手に想像すると、なんだか皮肉な構造な気がします…)

かといって、この本が絶望した科学者の冷淡な復讐劇にとどまっているかというと、もちろんそんなことはありません。むしろ、エピローグを読んだ後は、決断を下した後のシーンをピックアップして、もう一度彼女の内面をたどりたくなるはずです。エモーショナルなエピローグの見え方が、きっとほんの少し変わるでしょう。

彼女が峰の頂から眺めた「落日」の真価は、いったいどのようなものだったのでしょうか?

 

 

 また、純粋にSF小説として読んだ時の知的好奇心の湧き立て方も上手いです。

一流の科学者たちを突如として襲う様々な怪事件、「一見シンプルに見えて、人の制作したものとは思えないほどの情報量を持つ」VRゲーム、数学的に解くことのできないとされる三体問題、次元の壁などなど…

思い出しながら書いていても盛りだくさんな内容に、もう一人の主人公汪淼が挑みます。

こちらのパートは一転、とてもテンポのいいサスペンスのような面白さです。

再三言及する通りの高い文章力で以って、普通ならウンザリするような難解なテーマも、ワクワクしながらページをめくる原動力へ変えてくれます。

重厚なSFにもかかわらず読者を飽きさせないのは、著者の経験や文章力のみならず、シナリオの構成力も白眉であるということでしょう。伏線の仕込み方も鮮やかだなと思いました。

(上述したシンプルでとるに足らないように見えて情報量が尋常でないという描写を気に留めておくと、33章でニヤニヤできると思います笑)

 

 

さて、自分的推しポイントはこんな感じです。

 

しかし、この記事を書きはじめながら思ったんですが、視点を変えた途端、読み終えたときにはあまり気に留めなかった文章にひそめられた意図や情感のようなものがどんどんと湧いてくる作品でした。

ライトなSF読者な自分でもストレスフリーに楽しんで読了できた裏に、未だ発見できていない緻密な構造や要素が大量に組み合わさっているのでしょう。さながらよくできたソフトウェアサービスのようですね…。

これが三部作の第一作ということで、よりパワーアップしたものが後2つも邦訳を待っているらしいです。めっちゃ楽しみ(笑)

 

ということで、『三体』感想でした。拙文ながら、きっと興味を持っていただけたことかと思います。ぼくの友人で読書好きな皆さんは、読んだら報告ください(笑)

 

PS.検索していたら、WIREDに一部の章が無料公開されていたので貼っておきます。

いきなりハードカバーは重い、って方もぜひ読んでみてください。

wired.jp