学生読書日誌

ハッピーヘブンのふきだまり

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柚木麻子『BUTTER』:しがらみに苦しむ現代人にオススメの直木賞候補作

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"「何からも追い詰められていない人間を見ると心が苛立つように、誰かにコントロールされているみたい。前にダイエット強制するようなこと言ってごめんね。なんだかね、やわらかくて豊かでのんびりしていく里佳を見ると、不安になったの。恥ずかしいけど、私の好きだった、王子様からどんどん離れていくように見えて」"
(本文より)

メモ帳コピペにつきフォントが不安定かもしれません、ご容赦下さい。


今年の直木賞芥川賞が発表されました。ちょうど発表会見の直前に神保町の三省堂にいて、特集が組まれていたので気になってしまいました。普段からチェックしているわけではないんですけどね。

惜しくも受賞は逃したようですが、候補作のうち一つが今回ご紹介する柚木麻子さんの『BUTTER』です。読んだのが少し前で記憶が曖昧なので詳細度はビミョーですが、よろしければお付き合い下さい。

ひと昔前の、木嶋早苗による結婚詐欺殺人事件から着想を得て書かれたという本作。連続殺人容疑で拘留されている梶井に対して、記者である主人公里佳が独占インタビューを試みて面会を繰り返すうちに、梶井の影響力に周囲の人間関係もろとも身を以て翻弄されていくというストーリーです。
タイトルにもなっており、里佳がグルメの梶井と交流していく中でも再三言及される良質なバターのような、読みやすくかつ濃い読後感の小説でした。
純粋なエンタメ作品としてみても、二転三転する展開にはらはらさせられます。事件を追いながら、獄中の容疑者にじわじわと心身を侵食されていく里佳の様子にページが止まらず、深夜のヒトカラボックスで一気読みしてしまいました。おかげさまで翌日からの生活リズムはぶっ壊れましたが笑

しかし、自分に印象強く残ったのは本作の現代社会風刺のメッセージ性です。
バリキャリ記者里佳をはじめとした、常識やジェンダー等の社会規範に縛られ窮屈さを感じながら生活している人々と、男を手玉にとることで自分の欲望を際限なく発散する梶井との対比から、上に引用したような「苦労していない人間は許せない」という最近の社会に漂う圧迫感、閉塞感をきれいに浮き彫りにしています。
自分は苦労を乗り越えてやってきたんだ。ヌルい人生送っている連中に我慢がならない。こんな感情に心当たりがある人も多いのではないでしょうか。虐待の連鎖や部活動での理不尽な上下関係など、似たような構造の現象は山ほどありふれている気がします。
お恥ずかしながらぼくは、どうしても他人に対してこう感じてしまう側の人間です。情けは人の為ならずと言いますが、何よりも自分が許されるためには他人を許さなければいけません。
読みながら、矛先がこっちを向いているな。この辺改めないといけないなと思わされました。
実際作中では、梶井との面会を継続している影響で太り始めてしまった里佳に対して、恋人、親友、同僚などから予想もしていなかったほどの叱責が飛んできます。その過程を経て、里佳は「人々が秘めている放漫に生きる人間への嫉妬」「他人へのあるべき姿の押し付け」という風潮を発見し、自分もそうした黒い感情やある種の偏見を他人に抱いてしまっていることを自覚します。

しかし、物語が終盤へ近づき、梶井の人物像が徐々に深掘りされ、事件の輪郭が明らかになっていくにつれて、上記のような、"他人という存在"に無意識的につきまとう様々なしがらみを振りほどいていく里佳の様子には、きっと爽快感と勇気をもらえると思います。

本作は、梶井の脅威と事件の全貌に迫っていくエンタメ的な面白さと、事件を通して里佳が自他への優しさ、寛容さを掴み取っていく成長物語のような面白さと、一粒で二度美味しい小説でした。
柚木麻子さんの著作は本作の後に数冊読んだのですが、いずれも、時にこちらの内面にまで切っ先が届いてくるキレッキレの風刺と、様々な壁に果敢に立ち向かい、各々が抱える問題を乗り越えていくたくましいキャラクター像が非常に魅力的です。
直木賞候補にもなった力作ですので、ぜひ読んでみて下さい。