臆病で尊大な読書日誌

読書感想文 時々アマチュア哲学

夏目漱石『私の個人主義』を読みました

就活の持ち駒が欠乏している状況ですが、構わず読書に浸っております。しゃーないっすね。夜行バス疲れたし。結局人生いかに(公共の福祉の範囲で)楽しむかですよ。他人との比較を辞めて、自分が充実できるコトを見出せてれば、多少内定が遅れたって大した問題ではないでしょう。そんないい意味での自己本位さ、個人主義な生き方を目指していければいいと思います。

というわけで、今回は夏目漱石の講演集『私の個人主義』について短めに書きたいと思います。自然な導入がキマりました。やったぜ。

この本は、漱石晩年の演壇での講演5本を活字に起こしてまとめたものです。『道楽と職業』『現代日本の開化』『中味と形式』『文芸と道徳』『私の個人主義』の5講演からなります。現代〜は国語の教科書にも載ってた覚えがありますね。

さて、ここでは表題作からちょいちょい引用しつつ感想考察みたいなスタイルでいこうと思うのですが、その前に概括をひとつ。

全体として感想を書くなら、「古典の古典たりえる凄さがわかった」って感じです。より砕いて言うなら、ここで書かれてる漱石の思想は現代にも普遍的に通じるんです。時代の淘汰に耐えうる著作はやっぱりそれなりの強靭さがあるんでしょうね。それを実感したのが本作でした。

まあ、よりうがった見方をすれば、人間や社会の懸念点、問題点なんぞは100年経っても変わんねえってことでしょうが笑

そう考えると西洋哲学ってスゴイですよね。なんせ、本質的には全然変わらない人間っていう材料を元に、あんだけコツコツと学問体系を積み重ねてきたワケですから。そんだけの段階的発展を可能にした触媒が、神とか真理とかの西洋宗教だってのを考えると、神学にも興味を惹かれますね。(まあ哲学の場合、時代に"最適化"した"善い"生き方を探るという姿勢が発展を後押ししたのはあるでしょうが)

閑話休題です。内容に入りましょう。以下引用。

"私はこの自己本位という言葉を自分の手に握ってから大変強くなりました。彼ら何者ぞやと気概が出ました。今まで茫然と自失していた私に、ここに立って、この道からこう行かなければならないと指図をしてくれたものは実にこの自己本位の四字なのであります。"

以上引用。学習院大学の学生に講演した表題作の一節です。漱石は東大を出て何度か教職に就いたのち、イギリス留学中に学者としてのアイデンティティに悩みます。時代背景もあってか西洋の思想がとりあえず全肯定されるような風潮にあって、借り物の、西洋風の付け焼き刃の知識だけで持て囃されることに物足りなさを感じていたようです。そこで彼は、結局この不安を解消するためには、一から自分にとっての文学の概念を確立するしかないと気づいたと言います。ちなみに上記に出てくる「彼ら」とは西洋人を指します。

また漱石は、これは学問や芸術に留まるところではなく、生き方全体の問題なのだと言います。以下引用。

"もし貴方がたのうちで既に自力で切り開いた道を持っている方は例外であり、また他の後に従って、それで満足して、在来の古い道を進んで行く人も悪いとは決して申しませんが、(自己に安心と自信がしっかり附随しているならば、)しかしもしそうでないとしたならば、どうしても、一つ自分のツルハシで掘り当てるところまで進んで行かなくっては行けないでしょう。

行けないというのは、もし掘り当てることが出来なかったなら、その人は生涯不愉快で、始終中腰になって世の中にまごまごしていなければならないからです。"

以上引用。こうして自分の道を見つけて尊重し、他人のその姿勢も決して阻まないこと。それが「私の個人主義」だ、とするのがこの章での主旨です。

説教じみたことを書く気は全くありませんが、この部分を読んだ時、今の日本において個人主義を確立できてる人間はどれくらいいるんだろうなと素朴に疑いを抱いてしまいました。漱石の時代は西洋コンプバリバリの日本ですが、この問題提起こそまさに現代に通用するんじゃないでしょうかね。

ぼく自身、自己追求はおろか他者への寛容さもまだまだ足りないところだと自認しています。

仕事でも道楽でも家庭でも何でも、自分の生きる道を確立して、「強さゆえの優しさ」を体現できるようになりたいものです。