学生読書日誌

ハッピーヘブンのふきだまり

主に読書感想文をかきます

7日目

天気は晴れ。快晴だったが、風はまだ少し強く吹いていた。

3月一日から地元に帰ってきてまだ2週間と経っていないが、習慣化の省エネ効果をひしひしと体感している。

家から駅まで徒歩8分、路地や住宅が入り混じる駅前感の薄い道をてくてくと歩いて新幹線に乗り、降りた駅の喫煙所とコンビニを経由して西口へ。まっすぐ歩いて左右左と進めば会場の貸し会議室。日々、出発時間も帰宅時間も同じ。

面白みは薄いが、心身は非常に安定する。夜行バスで東京を往復したり、酒や麻雀の後に日の出と共に入眠したり、そんな生活は自明ながら消耗が大きく、疲れを感じる。何よりあっちは寒い。……寒さが一番悪影響な気がする。

そんなこんなで7日目である。もうそろそろ日数的には折り返し地点だ。生活も定着し、ようやく正しい意味でこのインターンに慣れてきた。PCの前で製品企画書とにらめっこするのは骨が折れるが、煙草休憩が実質フリーなのが救いだ。

カリキュラム本体についても、課題についての提出期限がもう少し緩ければもっと楽しめると思うのだが、そこはまあ仕方ない。アウトプットのスピード向上が望まれる。

思えば、頭に浮かんだままをベラベラと喋り倒すのは朝飯前だが、思考を精査して筋道を立て、文章としてカタチに残すというプロセスには、21年間ずっと苦労させられてきた気がする。

決して苦手なつもりは無いが、いかんせん筆が乗る時乗らない時のムラが大きすぎて、自分ごとながらほとんど作業効率の予測がつかない。

感想記事も、内容の要点を書き起こし、そこに、鑑賞中に浮かんだ取り留めもない考えをすくい上げこね回してくっつけているだけなのだが、平気で1時間程度経っていたりする。楽しいからいいけれど。

書き物が楽しいといえば、今日の昼間、大学の友人と久しぶりにLINEを交わしたおかげで、ああ自分は文章を仕事にしたいんだな、との考えがすんなりと腑に落ちた。

まぁ、読書ブログなんてものを始めてしまうくらいだから、気づいてしまえば当然のことである。

今までこれだけ長文で自己言及を書き連ねておきながら、核心に至る契機は他人の言葉というのはなんとも皮肉ではある。

持つべきものは友達だ、なんて言葉で〆てしまえば、少しは綺麗にまとまるだろうか?

6日目

天気は曇りのち晴れ。

南国にしては寒い日で、久々にコートを着て出社した。

本日某社インターン6日目。

朝9時過ぎ駅ナカの喫煙所でサラリーマンたちの醸し出す苦々しい煙の香りや、帰りの新幹線の窓が映しだす住宅街の営みの明かりにも慣れてきた。

今日は5日目までの課題の中間発表が出て、現状a〜d中のD評価だった。最終的にb以上の参加者はかなりの好待遇を受けることになる。

この結果には中々堪えたので、課外中は何やっても良いとのお言葉をありがたく解釈し、帰りの新幹線で過去のインターン参加者の体験談を読み漁り今後の戦略を練った。

今までの暗中模索状態よりはかなり希望が見えてきた気がする。

しかし、かなりフラストレーションが溜まっていたくせに、いざヒントを見てしまうと少しの罪悪感に襲われてしまったあたり、自らの小市民性を自覚する。

気にするな私。勝つためには何だってやるという真剣さだと言い換えよう。元より就活解禁直後の1ヶ月をチップに変えて全ツッパしているわけで、ベタオリなんて選択肢はあり得ないのである。役牌ドラ3なんぼのものか。

インターンに光明が差したからか、帰宅した後も社会性パラメータが落ちず、社会人からのメールを返し、その後何社かにプレエントリーすることができた。解禁一週間を経てついにである。そしてESの設問を見て一気に気持ちが落ち込んだ。

まあ、マルチタスク大嫌い人間としては良くやったところだろう。

今日はこんなところだろうか。

実家パワーで非常に規則正しく過ごしており、未だ遅刻も皆無である。

健全な精神は健康な生活から。これは真理。

岸本佐知子『なんらかの事情』を読みました

駅前のカフェで本を2冊読む、文化的な休日を過ごしたので感想書いていきたいと思います。

今回読んだのは岸本佐知子の『なんらかの事情』。妄想とエッセイが半々になったような短編集です。

著者の岸本さんについては全く知らなかったのですが、本業は翻訳家らしいです。あいにく訳書に読んだことのあるものは無かったのですが、『中二階』だけは名前を聞いたことがありましたので今度読んでみようと思います。

さて、本の内容としては、著者独特の視点から日常に存在するいろいろなものに疑問や面白みを見出し、軽快な文体でばかばかしく描写していく、というエッセイとしてはわりとありがちなものです。

この本のなにがすごいかと言えば、個人的には文章力に裏付けされた茶化し方と、体験談から妄想へ移行する際の怖くなるほどのスムーズさだと思います。

個人的に好きな一編として、

アロマセラピーにハマり真面目に用具にもこだわるようになったが、ほんのふとした瞬間に「アロマでごわす」というフレーズが思いついてしまい、その瞬間何もかもばかばかしくなりアロマから輝きが失われてしまった」

「この後もマイブームにたいして「ざます」「でげす」等々のバリエーションが現れるようになり、今は、自分の人生に対して「ごわす」がつかないように危惧するばかり」

というお話があります。

ともすれば、作家という"高尚な立場"の人間が流行りものを馬鹿にしているように映ってしまうテーマですが、生真面目で素朴な文体とワードセンスの可愛らしさが、そのようなスカした雰囲気を微塵も感じさせません。むしろ純粋に自分の生活と感情を抽出したエピソードなのだろうと好感が持てます。

後者のところについては、アナウンサーの実況とともに黒い翼を生やして空へ飛び立つ力士や、海中を進みながら得意げに案内するカーナビなど、珍妙な話が満載です。

唐突に眠気が来ました。ここについてはぜひご自身でご一読下さい。

ともあれ、真面目に不真面目な雰囲気で日常のものごとに向き合ったゆるく楽しい作品です。

こたつに転がりながらゆるりと読みましょう。辛い時にオススメです。

それではおやすみなさいませ。

5日目

天気は曇り。一瞬雨が降った。

最近は鬱々としている上に話が抽象的で我ながら読みにくかったので、淡々とマトモな就活ブログっぽく書こうと思う。

今日はインターンワークの5日目で、課題が3つあるうちの1つ目が終了した。

プログラミングにはかなりストレスをかけられたが、終わってみれば爽快感が先立った。

またこの5日間では、個人課題やメンターのFBを通して、自分の能力傾向や適性を把握することができた。

何も手がかりがない状態でとりあえず手を動かすのが意外と苦手なこと、期限が切迫しないと全く力が出ないこと、構造的・抽象的に物事を捉えることが得意なことなどなど。

顧客分析と営業力というところでは、メンターから暗にお褒めの言葉をいただいたので少し自信になった。

抽象的思考と面の皮の厚さが上手く活用できたようだ。

あと、先ほど高校の友人の内定先の企業のwebテを受けていた。

SPIだか玉手箱だかよく分からない形式だったが、そこまで難しくはなかったはずなので通っていてほしいものだ。何より友人が通っていて自分が落ちるのは沽券にかかわる。

調整した性格検査の回答を見て少し笑ってしまったが、そこは売り込みの範疇だろう。面接での一貫性がすこし不安だが。スクショしておけばよかった。

明日は休日。

このインターンをはじめてから、大学生の怠惰な時間の尊さを身に染みて理解している。1ヶ月前と比べて、休日のありがたみがまるで違う。

まあ、これが終われば元どおり時間を無駄にする日々がはじまるのだろうが。

明日も面白そうな本を読み込んでやろう。

それではおやすみなさい。

4日目

天気は曇り。コートを着なくても出歩けるのは最高だ。日々のストレス蓄積が大きく、普段目を向けないようなことにも相対的に楽しさを覚える。

今日はインターン4日目。

プログラミングに死ぬほど行き詰まってメンタルも死んだ。俺が放課時間にキャッチアップを図ってイカれた顔でパソコンとにらめっこしている傍ら、人事と歓談しているインスタキラキラ系女子の笑い声が響いていた。勘弁してくれ。

最近やっと謙虚さを手に入れてきたつもりだが、卑屈な領域にまで落ちぶれたくはない。

こうしてバカみたいに金と時間と労力を投資した先に待っているのは週5の8時間以上労働。ツイッターで囁かれていた人間は8時間労働が限界って説がマジなら、我々日本人はサイヤ人か何かだろうか?ドラゴンボール見たことないけど思わず比喩に使ってしまった。

タダでさえ茶番感がオーバーフローしてる上に、自分の人生を食い物にされてる感覚が拭えないこんな就職活動をどうやって頑張れようか。とかいいながらも民間企業が進路としてはベターな選択肢になってしまう自分の残念さ。

ロジカルシンキングが大事らしいが、それが最も強調されるこの戦場に理はあるのか、いや無い。理が無い。無理。無理、無理です。全部終わり。終了閉幕閉店ガラガラ。

芥川賞受賞作『コンビニ人間』を読みました

駅前の丸善で買った本が中々面白かったので、久々の感想文スタイルでいこうと思います。

今回読んだのは第155回芥川賞受賞作、村田沙耶香著、『コンビニ人間』です。

あらすじとしては、コンビニアルバイトだけが生きがいの36歳未婚女性の社会との関わり方の話です。全く余談ですが映画と違って一文であらすじが終わって感動しています。

さて、なんとかかんとか自分が納得できるような就職先を探して、目下のシューカツに取り組んでいるような私にとっては、主人公のプロフィールは正直眉をひそめてしまうモノ。

しかし主人公からしてみれば、街や社会の光景の一部であるコンビニで、常にコンビニのために合理的な店員として生活することは、自らが「普通」の存在として社会との接点を保つために必要なことなのです。

幼少の頃から所謂サイコパス的で、全く社会に馴染めなかった主人公にとって、自分のような人間でも、制服を身にまとい、挨拶をトレースし、問題なく仕事をこなすだけで「店員」という存在として承認されるコンビニという環境はまさに天職でした。

こういう類の話だと、周囲の同質化の圧力に負けてどうにかして迎合を果たそうとして、それが上手くいくか無惨に失敗して破滅するかのどちらの筋で進むのかと考えてしまいますが、この小説では違いました。

物語終盤、様々な利害関係を考慮してロクデナシの男と同居を始めた主人公。同居人の男の話に納得し、正規の就職をするためにコンビニバイトを辞めてしまいます。

なかば抜け殻状態の主人公でしたが、転職先候補の面接に向かう際に立ち寄ったコンビニで、"コンビニの声"を聞くのです。あそこの陳列がめちゃくちゃで、自動ドアには指紋がついていて、セール品のPOPは全然印象に残らない!

店を出た主人公は、思わず「いらっしゃいませ!」と口にした自分がガラスに映っているのを見て、自分はやはり"店員"としてしかこの世界で意味を果たすことはできないのだと、自らの性質を受け入れるのでした。

このクライマックス、非常に狂気的でいながらもどこかポジティブな印象を感じさせます。

さて、自分はこの結末を読んで、まず真っ先に、この気違い染みた小説を書ける作者の方に興味が湧きました笑

そして、次に思ったのが、これだけ冷静&客観的&俯瞰的な思考回路(むしろ客観的にしか考えられないせいで、異常者になってしまっている)の主人公でも、世界の構成要素として、意味のあるものとして機能する安堵感、つまり承認欲求から逃れられなかったのだなという寂しさでした。

これだけ見事に主人公の異常性を表現していながらも、その動機付けの大元は"人間"として認められたいという気持ちなんですよね。ヤバい人間の出てくる物語はたくさんありますが、この感情から解き放たれているキャラクターはほぼ全く見たことがない気がします。

これに関しては著者の思考の幅の限界というか、人間の限界なのでしょうね。

自分を認識するための理性と感情を持ってしまった人間にとって、根源的に"意味のない存在である"という状態は耐えられない。そんなテーマを言外に感じる小説でした。

めちゃくちゃ淡々としてて読みやすく、オススメです。

3日目

帰宅した瞬間こたつで爆睡。先ほど起床。今日は休日。

日刊ではなくなってしまったがご愛嬌だろう。

昨日は晴天。最近いい天気が続くと思っていたら今日はすっかり曇ってしまった。

少しくらい曇天の方が健全な気がするので歓迎だ。地元は曇っていても暖かい。

昨日は課題の中間提出。最初の課題で難易度もそこまで高くなかったはずだが、中々好調には進まなかった。

上位賞金と内定が思いやられる。

本気でやれば内定は取れると先駆者達が言う。

本気ってなんだ?半ばの気だるさを自覚しつつも、無い内定脱却のために毎日通うことは本気なのか?

アウトプットを求められる作業において、本気の尺度はどこに置かれるべきなのか?

勉強とかならインプット量がその尺度なのだろうが。

今日は何をしようか。最初は大手の選考にキャッチアップするつもりだったのだけど、今日もスーツかと考えたら食指が動かない。そもそも説明会やっているのか?

駅前のカフェにでも行って本を読もうか。

いよいよもって加速していく浮世離れ。

選考のキャッチアップよりも、さっさと進路を得るためのメンタルのキャッチアップが必要な気がする。

要するに就活やりたくない。